レオス・キャピタルワークスの話
レオス・キャピタルワークスの話
社長の藤野さんが語る

第2回

“レオスらしい人”とは
「駅で倒れたおばあちゃんを助けられる人」

レオス・キャピタルワークス社長の藤野さん。
第2回は藤野さんと共に働く”人”や”チーム”の話を通じて「レオスらしさ」に迫ります!

tsumiki証券元スタッフ 仲木威雄

インタビュアー:tsumiki証券元スタッフ 仲木威雄

21億円の資産が3,240円に

仲木:

会社を立ち上げられてからも色々な苦労があったと思います。
今に至るまで作り上げられてきた“哲学”と、哲学のもとに集まってきた仲間たち、つまり“人”、そしてできあがった今の“チーム”のことを教えていただきたいなと思っています。

藤野さん:

僕らが本当の意味で良いチームになったのは、リーマンショック後ですね。
もちろん、リーマンショック前も良いチームであったんだけれども、なんというかノリでやっていたところもあるし。

仲木:

ノリですか?どんなところが?

藤野さん:

レオスを始めたのが2003年ですが、2003年から2007年ぐらいまで結構マーケットが良かったんです。割と順風満帆な感じでした。僕らは最初、自分たちの投資信託を作るのはお金貯めてからと思っていたので年金の運用からスタートしたんです。2007年には、上場する準備をしはじめていました。外資系企業や国内のメガバンク、商社が資本を入れてくれたんですよ。当時の会社の時価総額は30億円。良いでしょう?

仲木:

良い良い!めちゃくちゃ順調ですね!

藤野さん:

僕は70%の株をもってたから、僕は当時21億円の資産家だったんです!
2007年の時にね。21億ですよ?

仲木:

すごいですね!!!全然イメージできひんなぁ…(笑)

藤野さん:

できないでしょ?(笑)ちょっとね、資産を持ってると思うだけでなんか強気というか、「ちょっと俺違う」という気持ちになりました(笑)それで、満を持して2008年に「ひふみ投信」をつくったんですが、リーマンショックにぶち当たってしまった。

仲木:

なんと…そのタイミングで。

藤野さん:

資産も、ものの見事に崩れ去りました。お金が一気になくなるから、親戚一同からお金を借りて。1,500万円借りてつっこむんだけど、それも本当に一瞬のうちに無くなる。それで結果的に会社も破綻状態になって、今の親会社に身売りしたんですよ。一株1円で身売りしたので、3,240円になりました。

仲木:

21億円が3,240円に…

藤野さん:

そう。それはいまでも額に入れて取ってあるんです。これ、エルメスの写真立てで、これだけで多分10万円ぐらいするんですよ(笑)

仲木:

外側の方が全然高い…(笑)しかもテープで貼ってある。

藤野さん:

3,240円。21億だったものが、これですよ。

対談
仲木:

まさに藤野さんがいろんな経営者のドラマ見てこられて、ご自身がこのドラマを経験するというか、主役になった感じですね。

藤野さん:

まさに主役ですね。この出来事の後に徳川美術館に行ったんですよ。

仲木:

名古屋の徳川美術館に行ったんですか?お一人で?

藤野さん:

そうそう。一人で行きました。徳川美術館にある「しかみ像」っていう絵を見に行ったんです。
三方ヶ原の合戦で、徳川家康が武田信玄と戦い、そこで家康が惨敗して命からがら逃げた。その姿を絵師に描かせてるんですよ。超悔しがってる、敗北した時の顔を。その絵をいつも持って歩いて、戦場で持ってたらしいんですね。

仲木:

聞いたことあります。悔しさを忘れないために持ち歩いたっていう逸話のある絵ですよね。

藤野さん:

そうそう、負けて情けない思いをした家康を自分の境遇に重ね合わせたんです。
この3,240円は僕にとっての「しかみ像」なんですよね。

徳川家康三方ヶ原戦役画像 別名「顰み(しかみ)像」出所:Wikimedia Commons

徳川家康三方ヶ原戦役画像 別名「顰み(しかみ)像」出所:Wikimedia Commons

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